Eメールのニュースレターが生き残る理由
http://wired.jp/2013/05/14/why-email-newsletters-wont-die/
Eメールというのは1960年代の汎用機での実装が始まりといわれる非常に歴史のあるプログラムだ。旧来からの住所・宛名とメールボックス、そこにデータとしてのメールを投函する郵便の仕掛けをモデル化したもので、概念的にもわかりやすい。
このEメールがかれこれ半世紀を現役として頑張っているということは何事も移り変わりが速い現代においてただただ驚きである。
そういうレガシーなものであるだけに、スパムやウイルスなど悪用される隙も持っており、しかも有効な対策が打てない。
この50年君臨したレガシーなシステムをいまだ駆逐できない現代のエンジニアには悔しい思いをしている人は多いはずだ。
正直、SNSが台頭したときにはEメールが終わったという気持ちがあったが何のことはない、アカウントの登録、イベント通知などSNSのアクティ ビティのベースにはEメールがしっかりと根付いている。
だからSNSが一般化すればするほどEメールは捨てられなくなるという構造になっている。
AmazonやDellなどからくるメールをみると、普通のテキストのメールではなく写真などがぎっしりと載っておりさながら新聞の折込のごとき 賑やかさだ。
通販をビジネスの中心に据えているこれらの企業のメールは唯一自社の商品を自分たちの側からプッシュして宣伝できるツールである。
外車や家など高額な商品はメールで数打っても当たりは限りなく0に近いだろうし、そうした企業からのメールは少ないと思う。(そうした商品の顧客ではないので、自分が知らないだけかもしれない。)
よほど購買のバランスが変わるようなことがなければこれら通販系の企業のメールも当分変わることはないだろう。
というわけで、Eメールはまだまだ現役という結論にしかならないけれど、今後何ができるかと無理に想像してみると、Eメールアドレスの概念が変わ ることくらいはあるかもしれないと思っている。
一般的にはEメールアドレスは登録するメールのサービスとかシステムによっていくつもアドレスが割り振られるが、そうした多重になったEメールアドレスをある特定の個人に関連付けるようなことはあるかもしれないと思っている。
そうすると、個々のメールボックス宛ではなくあくまで個人宛になる点、概念的には実際の手紙により近くなる。
SNSなどでメールのアドレス帳から勝手にアカウントを割り出したりするのがあるけど、あちこちに散乱しているアカウントが実は同一個人のものと分かったら、それらの間にリレーションを作っていくことなど造作もないように思う。
SNSのアカウント検索機能、あれがそのEメールアドレスの関連付けの先鞭を付けているかもしれない。
別に何も隠し事はないけど、あら探しされているようで抵抗感がある。
人により好き嫌いはあるかもしれないが、個人的にはあまり好きになれないものだ。
実のところ、今のままでメール運用が続く方が内容を監視しなければいけないという立場の人には喜ばれるかもしれない。
それが案外Eメールが生き残ってる最大の理由かもしれない。