http://wired.jp/2013/04/08/easiest-path-to-online-billions/
ネット企業といっても普通の会社なので、結局は何かを売って対価を得ることには変わりないわけだが、指摘されているとおり、Googleや Facebookがコンシューマに直接何かを売るわけではない。
むしろそうしたビジネスを支えるインフラとして機能しているわけだ。
何か欲しいものがあればAmazonのサイトで探したりすることが習慣化している我々はネットでの商取引は既に本格的なものだと思っていたけれど も、意外にまだまだ商取引としては発展段階ということなのかもしれない。
ネットで顔の見えない同士で取引することは顔が見える相手同士のそれより信頼に欠けるだろうか。
今や必ずしもそうではない。この意識の変化がネット上の取引の特性を表しているように思える。
顔が見える相手だからといって完全に信用できるかというとそうではなく、むしろ顔が見えなくてもネット世界で実績のある相手の方が顔が見える”怪 しい”相手より信頼できるという意識がある。
ネットの世界は現実世界よりも物事の伝播するスピードが速いことと、情報のとらえ方の多様性があるために悪い評判がたってしまえば忽ち何もかもを 失うことにもなりかねない。
だからこそ信頼を得るためにより誠実な対応が必要になるという側面がある。
この淘汰が徹底されれば悪質なネット業者なんてのはいなくなるはずだがそれはあまりに短絡的に過ぎるかもしれない。
それでも、数年前から比べれば信頼面ではかなりの躍進があることは事実。
で、これから、だ。
ネット上の取引に特有の付加価値がこれからもっと増大するのではないだろうかと私は考える。
ブランド、サービス、見た目、企業理念、社会的影響力。。。付加価値の種類はさまざまだろう。
同じものを購入する場合でも、われわれは必ず何かを基準にてらして選択しているわけで、「なんとなく。。。」であったとしても、好みのレベルでも何かの基準があるということだ。
結果、多くの人に選択されるところが最終的に勝者となるわけだが、その決め手はやはりソーシャルということか。
同じ悩みを持つ同士、同じ興味を持つ同士、それさえあれば簡単につながる時代なのだ。
ネット世界の特性は、こうした特性をキーにして同じ興味をもつ人同士がコミュニティを作ることが容易である点である。
ソーシャルなどネットでのコミュニティが多くの”フォロワー”を獲得するとその輪が広がり、その先にある商取引への源泉となるわけだ。
それゆえ今はGoogleもFacebookも大きな存在意義がある。
しかし、その先がある。
人とのつながりを通じて心と心のやりとりができるとすれば、それがこれからの世の中でもっとも強力な付加価値となり他を圧倒する武器となる。
ネットを通じて人と人が心でつながり、その延長線上にビジネスがある。けっしてこの逆ではない。
これからは顕著にそういう時代が来ると私は断言するものである。