街の猫を記録していく「世界ねこマップ」
開発しようと思ったきっかけはトラだが、普及するにあたっては猫で利用されるという形になっているわけで、さらに愛好家がここにからんできたりすると動物愛護などの活動とか、街の衛生管理の情報収集とか、さらに意外な発展があるかもしれない。
いずれも当初思いついた人のアイデアにはなかったものには違いないはずだ。
偉大な発明や開発は、そもそも端緒においては後に知られるような用途を想定していなかったということはよくある。
18世紀の英国で、トーマス・ニューコメンが鉱山の涌き水のポンプとして考案した蒸気機関をしばらくのちにジェームズ・ワットが動力としての蒸気機関の可能性に着目してこれを改良したものが産業革命に繋がる大発明となった。
そのような発展をみせるとは、ニューコメンの時代の人は誰も予想だにしなかったことだろう。
このような事例はあげればキリがないくらいある。
しかし世の中にはその逆で、最初から最終的な形を目指しながら試行錯誤して出来上がったものある。
よく知られている楽器のシンセサイザーは昔は電子機器が出すノイズが面白かったので、それを音として扱う機械を作ったという話をよく聞いたが、実 際にはそうではないようだ。
19世紀の昔から数々の試作を経てようやくたどり着いたのが1960年代に登場したアナログ・シンセサイザーだ。
割とポピュラーなヴォコーダーなどというもの(というかモジュラーユニットなのか)は、その途上で1930年代に考案されているといった次第だ。
このあたり、世の中必ずしも偶然の発明がたまたま当たったというものだけではないことも事実。
もちろん数々の発明の影には消えていった多くのアイデアや作品があるわけで、
猫を地図に登録していくことがどう発展するか、なんとなく可能性を感じるのだけれど、私の見ている方向はやはり環境活動への貢献だ。
いまや大陸からいろんな有害物質が空を飛んでやってくる時代。
国内でも放射性物質の影響がとても気になる。
これはせいぜい数十キロの範囲でみていた過去から比べれば気にしないといけない環境の範囲が数百キロ台に拡大したことを意味するし、こうしたリスクはそれぞれの自治体や単独の国家でどうこうできるレベルを超えつつある。
われわれの視点も従来自分の住む街くらいのレベルでの環境活動がせいぜいだったのが、自由な切り口でより広い範囲に、またより柔軟なトピックで情報をモニタできるシステムとしての可能性を感じるわけだ。
だって、猫を追いかけるだけで終わってはつまらない。
http://wired.jp/2013/03/05/cat-map/
街でみかけた猫を地図に登録していくプロジェクトだが、もともとはトラの保護のために考案されたものだということだ。開発しようと思ったきっかけはトラだが、普及するにあたっては猫で利用されるという形になっているわけで、さらに愛好家がここにからんできたりすると動物愛護などの活動とか、街の衛生管理の情報収集とか、さらに意外な発展があるかもしれない。
いずれも当初思いついた人のアイデアにはなかったものには違いないはずだ。
偉大な発明や開発は、そもそも端緒においては後に知られるような用途を想定していなかったということはよくある。
18世紀の英国で、トーマス・ニューコメンが鉱山の涌き水のポンプとして考案した蒸気機関をしばらくのちにジェームズ・ワットが動力としての蒸気機関の可能性に着目してこれを改良したものが産業革命に繋がる大発明となった。
そのような発展をみせるとは、ニューコメンの時代の人は誰も予想だにしなかったことだろう。
このような事例はあげればキリがないくらいある。
しかし世の中にはその逆で、最初から最終的な形を目指しながら試行錯誤して出来上がったものある。
よく知られている楽器のシンセサイザーは昔は電子機器が出すノイズが面白かったので、それを音として扱う機械を作ったという話をよく聞いたが、実 際にはそうではないようだ。
19世紀の昔から数々の試作を経てようやくたどり着いたのが1960年代に登場したアナログ・シンセサイザーだ。
割とポピュラーなヴォコーダーなどというもの(というかモジュラーユニットなのか)は、その途上で1930年代に考案されているといった次第だ。
このあたり、世の中必ずしも偶然の発明がたまたま当たったというものだけではないことも事実。
もちろん数々の発明の影には消えていった多くのアイデアや作品があるわけで、
猫を地図に登録していくことがどう発展するか、なんとなく可能性を感じるのだけれど、私の見ている方向はやはり環境活動への貢献だ。
いまや大陸からいろんな有害物質が空を飛んでやってくる時代。
国内でも放射性物質の影響がとても気になる。
これはせいぜい数十キロの範囲でみていた過去から比べれば気にしないといけない環境の範囲が数百キロ台に拡大したことを意味するし、こうしたリスクはそれぞれの自治体や単独の国家でどうこうできるレベルを超えつつある。
われわれの視点も従来自分の住む街くらいのレベルでの環境活動がせいぜいだったのが、自由な切り口でより広い範囲に、またより柔軟なトピックで情報をモニタできるシステムとしての可能性を感じるわけだ。
だって、猫を追いかけるだけで終わってはつまらない。