3.失敗に学ぶ
チームプレー
難しい距離感
プロジェクトチームの管理はプロジェクトの状況により様々だと思うが、いくつかのヴェトナム・オフショア開発プロジェクトで共通の経験としてはヴェトナム人のチームは個人プ レーの集合体といった傾向が強いように思う。普段の関わりとしては互いに緊密な関係を保っているが、皆それぞれが自分の仕事のスタイルを持っていて隣人の様子 にはあまり干渉しないというようなクールな側面もある。
こうしたチームを現場で管理する時、ヴェトナム人のマネージャは管理と放任の両刀を使い分けながらチームのパフォーマンスを向上させることに苦心しているようだ。その管理術も我々が知るものとは以って異なるものにみえる。日本人のビジネス感覚でいうと互いの精神的距離はかなり近いが、絶妙の 距離感を保ちながら上下関係はちゃんとしている。それゆえ一見個人プレーの集まりに見えて命令系統は意外に迅速かつ的確と組織的にしっかりしたところもある。
時折仕事中にテラスなどで彼らがのんびり談笑しているときがあり、一瞬「おいおい、みんなしてサボってるのか?」と思った。しかし基本的に彼らが何を言ってるのかわからないので、しばし静観することにした。しばらくすると、中の一人がささっと席を立ってどこからかホワイトボードを持ってくる。そこから激しい技術論戦に突入した。いつの間にか全員が立ち上がってホワイトボードを囲んでワァワァと議論しているのだ。どうやら最初から談笑しているように見えて彼らはまじめに仕事のことを話していたらしいのだ。このあたりはどうも我々には読みにくいところだが、現場ならではの雰囲気として経験していくしかない例といえる。
たとえばドイツのオーケストラとフランスのオーケストラが同じ曲でも異なる響きのアンサンブルを奏でるように、ソフトウェアプロジェクトにも国民性とか、民族気質とかそういうものが反映されて然るべきである。
自分の国のやり方にあわないことがあったとしても当然なので、それに戸惑ったりすることはあっても基本的にはそういうものだ、とまず受け入れてみることが大事だ。
オフショア開発を始めていきなりプロジェクト管理は外国人には重荷になりがちなので、ヴェトナム人のプロジェクトリーダの管理の仕方を観察するのもいいかもしれない。
あるリーダーの失敗
とあるオフショア開発プロジェクトで現場のリーダーを努めていたヴェトナム人のDさんは、とても真面目な人で、可能性が彼なりに100%でなければ決して「はい」といわないような律儀な人物であった。
彼は毎週進捗の状況をプリントアウトして持ってくる。そして、何が起きていて、何がネックになるかなど的確に説明をしていく。慎重で正確で推測を嫌う、非常に日本の会社員的な人物像であり、逆にヴェトナム人らしくないという評判も耳にすることがあった。
しかし、ある時から彼は報告にやってこなくなってしまった。きくと頭痛がするのだという、翌週も欠席、理由は頭痛だった。どうやら毎週報告に来る頃になると頭痛に見舞われてしまうらしく、プロジェクト内で何かが起きていると思わざるを得なかった。
メンバーと直接話をすると、驚いたことに実際は我々が知っているそのリーダーの人物像とは違った人物であった。彼はプロジェクト管理においては独裁的な方法をとっており「一切口答えは許さん」的な態度を貫いていたようなのだ。いったん渡したスケジュールはとにかく守れと。
ところが、絶対的なリーダーと従属的なメンバーという一定の距離をとることが難しくなってくる事情が発生した。我々発注元の人間が近くにいて毎週状況を報告しろというので、律儀な彼はメンバーに直接状況をきいて回ることになったからである。普段の彼に態度に対して多くのメンバーはネガティブな反応で迎えることが多く、進捗の状況をヒヤリングするのはやがて困難な作業になってしまった。毎週、毎週の繰り返しにとうとう参ってしまったというのが真相のようであった。
そうしたプロジェクト内での立場の変化を経験してか、このDさんは後には幾分か態度は軟化したようだったが一度できた評判はなかなか変わらない。その会社のメンバー達の活発な交流の輪から常に彼は外側にいて、表情のない目に時折人懐こさを垣間見せることがあっても決してスタンスを変えることはなかった。後日プロジェクトが終わって1年くらいした頃、彼は別の会社に移って行ってしまった。
このDさんの失速とともにプロジェクト内ではリーダーはリーダーで、俺達は俺達だ という雰囲気が起こって、プロジェクトがバラバラになってしまうんじゃないかと懸念された。しかし、結局は悪い事態にはならずなんとか乗り切ることができた。うれしい誤算はメンバーの中から別に技術、ヒューマンな面をサポートするキーマンがそれぞれ現れたことである。彼らは自分達もポジションとしては同じメンバーなので気持ちの面では多くを共有できており、また皆でよく話もしていた。彼らを中心にまとまるべきところはまとまる機能的なチームに変わっていった。その頃から私もメンバーと一緒に食事に出かけたりする機会が増え各メンバーとの距離が縮まったように思う。これも彼らの計算であったかもしれない。
ともかくヴェトナム人のチームでの人と人の距離感というのは重要なポイントであるように思う。これを読み間違えれば互いの気質をよく知る仲のはずのヴェトナム人同士でもうまくいかないということだ。
若い業界のダイナミズム
ヴェトナム人の人口構成を見ると、若い世代が圧倒的に多く、これは日本の1960年代高度成長期と非常によく似ている。この中でも国が力を入れて推進してきたIT技術養成の産業としての受け皿であるソフトウェア企業は平均年齢が低いといえると思う。この中にリーダーとしての資質と経験を持った人材がどれだけいるかを考えると、まだまだ割合的には少ない。大きな企業では一人のリーダーが数十人のチームを管理したりする状況を目の当りにすると、毎年多くの参入者が増えて裾野が広がるこの産業に中堅以上のスキルを持ったリーダーが潤沢に育つ環境が醸成されるにはいましばらく時間がかかるだろうという思いはぬぐえない。
しかし、業界自体が若いことを逆に武器にしているヴェトナムのIT産業であるともいえるわけなので、この点をデメリットとして切り捨てるのはどうにも惜しい。間違った方向へ進んでも強引に舵を切り直してしまうダイナミズムも十分にある。マネジメントのリスクを気にするあまり動きが鈍くなるよりは、多少の失敗はしてもアクティブに動いていく方が正解だ。
オフショア開発を推進する立場の人には多少の失敗を恐れずぜひともいろんな挑戦をしてみることをお勧めしたい。