英音楽チャート1位に「悪い魔女は死んだ」、サッチャー氏死去で
業績のある政治家の評価は一様ではない。
サッチャーは財政の危機をハイエクの新自由主義などの影響から「小さな政府」への転換を図り、交通やエネルギー関連など多くの国営企業を民営化、 また金融の規制緩和を同時に行うことによって経済成長を阻害する要因を取り除いた。
これを強い意志で実行したことから鉄の女とあだ名されたわけだが、女性ながらに強硬な政治姿勢はサッチャーの真骨頂である。
しかし、これらの経済政策は国民には賃金の下落、失業率の増加としてはね返ってきた。
同時に低所得者に不利になる税制を導入したことも相まって、国民の主に低所得者層はこのあおりを食って苦しい立場に追い込まれた。
したがって国民のサッチャーに対する恨みは根強いものがあるといっていい。
サッチャーの断固とした姿勢は政治的な実行力としては抜群の効果があった。だが、国民の心を捉えるという点ではそれがマイナスに働いたといえる。
また、南米の南端にあるフォークランドを巡るアルゼンチンとの紛争では、やはり強硬な姿勢でアルゼンチンに立ち向かいフォークランド諸島を実行支 配しようとしたアルゼンチンを撃破した。
英国国民にとっては勝利の女神だったろうが、アルゼンチンにとっては魔女のごとき存在である。
そして彼女の政策に行き詰まりが見えたところで1990年に首相・保守党党首の辞任に追い込まれた。
そうして20年以上政治の舞台からは姿を消していた、そのあとの訃報である。
サッチャリズムにより生活の困窮を味わった労働者は多少なり溜飲が下がった想いがあったかもしれない。
その葬儀を第二次大戦の時代にナチス・ドイツとの闘いに勝利したウインストン・チャーチル元首相以来の国葬で執り行うと発表されたのだから、批判 も当然というところだろう。
そして、サッチャーをコケにしていると思われる彼女の死後すぐ「悪い魔女は死んだ」のDLが殺到した。
そして「地獄が民営化された」「地獄のかまどの火が落ちた」といったジョークがネット上に流布している。
絵をみたけれど、ブラックユーモアというよりはどことなくサッチャー時代を懐かしんでいる風情をどことなく感じたのは私だけだろうか。
サッチャー時代からはすでに時代が二回りしている現代にあって、これを批判するのはすでに時代錯誤には間違いないが、その政権当時を知る人にとっ てはまだまだ冷静に評価できない部分があるのも事実だ。
しかし、それなら賢明な英国民はまず沈黙という手段をとるだろう。
ネット上で批判が噴出しているのは再評価が進んでいることの逆説的な現れかもしれない。
彼女が決して「過去の人」ではなかったのだということに少なからず驚いた。
ブレア政権以後、サッチャーの政策を見直した政策がとられているが、それもそろそろ賞味期限が迫っている だろう。
政策を見直していく中で、むしろこれから彼女の存在が大きくなる可能性もある。
サッチャーはまだ死んではいないのかもしれない。
経済政策においては救世主として歴史に名を残すことになったサッチャー。
だが、その政権時代を不遇に過ごした国民、英国の艦隊により攻撃を受け家族や知人を失ったアルゼンチンの人たちにとっては魔女にも等しい存在であ る。
救世主か悪魔か。サッチャーの死は人をどの観点で評価するかによって人はどのような存在にもなり得るということを雄弁に語る出来事であった。
今から50年ほど経ったあとの世界でサッチャーがどう評価されているか見てみたいとは思うが、ちょっと難しいかもしれない。
http://www.afpbb.com/article/entertainment/music/2938190/10560029
英国元首相マーガレット・サッチャーが亡くなり、その反響にちょっとした驚きを感じている。業績のある政治家の評価は一様ではない。
サッチャーは財政の危機をハイエクの新自由主義などの影響から「小さな政府」への転換を図り、交通やエネルギー関連など多くの国営企業を民営化、 また金融の規制緩和を同時に行うことによって経済成長を阻害する要因を取り除いた。
これを強い意志で実行したことから鉄の女とあだ名されたわけだが、女性ながらに強硬な政治姿勢はサッチャーの真骨頂である。
しかし、これらの経済政策は国民には賃金の下落、失業率の増加としてはね返ってきた。
同時に低所得者に不利になる税制を導入したことも相まって、国民の主に低所得者層はこのあおりを食って苦しい立場に追い込まれた。
したがって国民のサッチャーに対する恨みは根強いものがあるといっていい。
サッチャーの断固とした姿勢は政治的な実行力としては抜群の効果があった。だが、国民の心を捉えるという点ではそれがマイナスに働いたといえる。
また、南米の南端にあるフォークランドを巡るアルゼンチンとの紛争では、やはり強硬な姿勢でアルゼンチンに立ち向かいフォークランド諸島を実行支 配しようとしたアルゼンチンを撃破した。
英国国民にとっては勝利の女神だったろうが、アルゼンチンにとっては魔女のごとき存在である。
そして彼女の政策に行き詰まりが見えたところで1990年に首相・保守党党首の辞任に追い込まれた。
そうして20年以上政治の舞台からは姿を消していた、そのあとの訃報である。
サッチャリズムにより生活の困窮を味わった労働者は多少なり溜飲が下がった想いがあったかもしれない。
その葬儀を第二次大戦の時代にナチス・ドイツとの闘いに勝利したウインストン・チャーチル元首相以来の国葬で執り行うと発表されたのだから、批判 も当然というところだろう。
そして、サッチャーをコケにしていると思われる彼女の死後すぐ「悪い魔女は死んだ」のDLが殺到した。
そして「地獄が民営化された」「地獄のかまどの火が落ちた」といったジョークがネット上に流布している。
絵をみたけれど、ブラックユーモアというよりはどことなくサッチャー時代を懐かしんでいる風情をどことなく感じたのは私だけだろうか。
サッチャー時代からはすでに時代が二回りしている現代にあって、これを批判するのはすでに時代錯誤には間違いないが、その政権当時を知る人にとっ てはまだまだ冷静に評価できない部分があるのも事実だ。
しかし、それなら賢明な英国民はまず沈黙という手段をとるだろう。
ネット上で批判が噴出しているのは再評価が進んでいることの逆説的な現れかもしれない。
彼女が決して「過去の人」ではなかったのだということに少なからず驚いた。
ブレア政権以後、サッチャーの政策を見直した政策がとられているが、それもそろそろ賞味期限が迫っている だろう。
政策を見直していく中で、むしろこれから彼女の存在が大きくなる可能性もある。
サッチャーはまだ死んではいないのかもしれない。
経済政策においては救世主として歴史に名を残すことになったサッチャー。
だが、その政権時代を不遇に過ごした国民、英国の艦隊により攻撃を受け家族や知人を失ったアルゼンチンの人たちにとっては魔女にも等しい存在であ る。
救世主か悪魔か。サッチャーの死は人をどの観点で評価するかによって人はどのような存在にもなり得るということを雄弁に語る出来事であった。
今から50年ほど経ったあとの世界でサッチャーがどう評価されているか見てみたいとは思うが、ちょっと難しいかもしれない。